ご存知、二葉亭四迷。明治20年(1887)、新しい文章スタイルを創出してロシア文学のような本格小説を作り上げる、との意識で書かれた口語体小説の草分け。 大学を出て就職はしたものの、要領が悪く(?)リストラされた内海文三と、彼が下宿する叔母の家の従妹お勢さんとのねじれていく関係が話の中心。文三はお勢さんに心を寄せるが、内省的な彼は事あるごとにお勢さんとの関係に悩み沈鬱になっていく。読み進むにつれてお勢さんが魅力的になっていくのが面白い。反対に文三はお勢さんの心がつかめずにますます落ち込む。文三にとってお勢さんはただ深い謎。厚く高い壁の向こう。前で手も足も出ず絶望して佇むだけ…、オイ、しっかりしろよ、と言いたくなるようなちょっと救いのない小説ではありますが…。叔母さん、お勢さんの口調が江戸っ子!という風情で、しかも明治!な香りも漂ってきて今から見ると魅力。 『浮雲』の成功にも拘わらず、二葉亭四迷は小説家よりもむしろ堪能なロシア語を使って「事を為す」人でありたいと願っていた、そういう人だったとの評伝*がありますが、この「志士の気概」にも通ずるような意識は、この時代に特有の気分からもたらされたもののような気がします。文の人より行動の人たるべくロシアに赴き、その地で病にたおれ、帰途、船上で最期を迎えるという彼の一生は、幕末、そして明治、近世から近代、江戸vs西洋という、転回していく時代が抱えるアイロニーそのものであったような思いもしてきます。 * 同時代人の評として内田魯庵「二葉亭四迷の一生」、夏目漱石「長谷川君と余」が挙げられます。また、森林太郎(鴎外)「長谷川辰之助」は美しいレクイエムと呼べるような印象深い小品。いずれも青空文庫で読めます。

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