若き創作者集団「硯友社」を率いる尾崎紅葉が明治29年(1896)に新聞に連載を開始し、翌年に刊行した小説。「言文一致」の道をまだ手探りで歩いていた時代に、紅葉が口語文で書いたおおらかで楽しい読後感にひたれる小説。このとき紅葉はまだ20代。自然な会話から醸し出されるユーモアが実に魅力的。後年、もう一人の東京人作家、北杜夫の小説の中で醸成されることになるユーモアにどこか一脈通じるところがあるような気がします。

この岩波文庫版には当時の挿絵も載っていて時代の気分が立ち上ってきて秀逸。また、「明治文学史の後半は男の泪に濡れている」で始まる巻末の丸谷才一の解説も、『多情多恨』で主人公が流す泪の水脈を遠く王朝の『源氏物語』までたどり、ユーモア小説の技法的源泉を紅葉が読んだであろう当時舶来の外国文学に探る、その手際、説得力に唸らせられる。

これだけの内容がこの文庫一冊で読めるのは贅沢だ。


Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *